毎日新聞「高校授業料の無償化」について三つに整理

毎日新聞が「高校授業料の無償化」について3人の識者に意見を聞いているのですが、五月雨式で混乱するので、識者の意見を
1)子どもの教育を受ける権利
2)公立と私立の役割
3)総論
に三つに整理してみました。

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1)子どもの教育を受ける権利

・高校進学率はすでに99%に達しており、「準」義務教育になっている。すべての若者に高校教育が保証されなければならず、家計の状況にかかわらず授業料を無償化すべき(末冨芳・日本大教授)

・教育政策の目標は、全ての子どもの将来の可能性を広げ、人生における選択肢を増やし、経済的な豊かさやウェルビーイング(心身の健康、幸福)を高めることである、という点は多くの人が納得するだろう。無償化も、教育におけるチャンスが広がるか、質は上がるか、という観点から考える必要がある。(赤林英夫・慶応大教授)

・低・中所得層向けに支援額を上乗せすれば、私立に進学希望の子にとって機会は広がる。しかし、高所得層はすでに私立に行こうと思えば行ける。所得制限の撤廃は、機会の拡大とは関係ない。(赤林英夫・慶応大教授)

・年収1000万円を大幅に超えるような家庭に対して、なぜ無償にしないといけないのかというような複雑な気持ちもある。地元の和歌山県は人口減少に伴って公立の統廃合も進められている。一方、私立の数はごく限られ、現在、私立に通っている人は授業料の負担を覚悟の上で通っている。支援が望ましいのは間違いないが、私立に対して支援を増やすと、言い方は悪いかもしれないが「ごっつぁんです」という状態になるのではないか。(山田博章・前全国高校PTA連合会会長)

 格差解消には別の施策が必要になる。高校では授業料以外にも制服代やタブレット代など多くの費用がかかるため、授業料分とは別に支給される奨学給付金を低所得層に積み増して、中間所得層まできめ細かく拡充していくべき。これがないと、授業料を無償化しても格差は拡大する。(末冨芳・日本大教授)

・高校から入学できない完全中高一貫校では、授業料が無償になっても高校からの選択肢は広がらない。中学から入るためには、その分の学費や塾などの費用も必要だ。「中学受験の拡大」を肯定的に取ることも可能だが、授業料負担が軽減されても、競争の激化で中学受験がさらに課金ゲーム化するとしたら、少子化対策としても逆効果だ。無償化対象の私立には、高校からの募集枠を確保するという条件をつけるべきだ。(赤林英夫・慶応大教授)

・教育の質が高まるかどうかという観点でも、議論が深まったかどうかには疑問符が付く。(山田博章・前全国高校PTA連合会会長)

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2)公立と私立の役割

・公立を受験し、残念ながら落ちてしまった子が滑り止めとして入学する私立もある。経済的な困難を抱えた生徒を受け入れ、卒業させ社会に送り出そうという私立もある。…実態に照らせば、国公私立を問わず、高校で学ぶ権利はどの子にも等しく無償であるべき(末冨芳・日本大教授)

・「公立・私立が切磋琢磨(せっさたくま)して競争すれば教育の質も向上する」という見方がある。理念としてはわかりやすいが、現実は単純ではない。海外で私立に補助を出す場合、私立に公立と同様の厳しい規制をするなど、慎重な制度設計が行われている。(赤林英夫・慶応大教授)

・先行して授業料の実質無償化に取り組む大阪府の影響は大変感じている。大阪の私立が無償なら(引っ越してでも)そちらに進学したいという子が出ているという話は、地元でも聞こえてくる。どうしても施設や設備が充実している私立に生徒が流れることになり、和歌山県内の公立の先行きが今以上に危ぶまれることになるのではないか。(山田博章・前全国高校PTA連合会会長)

・公立と私立では人事や財務構造も違い公立が魅力の面で負けがちだからこそ、公立に投資をしないで淘汰するのは明らかに(公立高校の)切り捨て政策だ。(末冨芳・日本大教授)

・本来、私立の授業料が高いのは、私立で得られる自由や独自性を買っているからだ。公立は無料で特別なことはしないがしっかりやってくれる、それ以外を選びたければ金銭で買う、というバランスがとれていた。無条件の無償化ではそのバランスは大きく崩れる。選択肢の拡大が教育の質を上げるためには、新たな規律が必要だ。(赤林英夫・慶応大教授)

・日本の私立高校の入試科目は3科目が多く、教育の質ではなく、受験負担の軽さから私立を選ぶ子どももいる。我々の研究では、高校入試で3科目受験の場合、5科目受験に比べて、将来の可能性が狭まる可能性がある。(赤林英夫・慶応大教授)

・現在の公立高校入試制度の最大の問題は、志望校に不合格の場合、それと近い学校の選択肢が公立に残っていないことだ。進学先の確保は、本来「公」の役割であるはずだが、従来はそれを私立に押しつけてきた。その解決のためには、公立の入試にコンピューターのアルゴリズムで受験生と進学先をマッチングするシステムを導入することが不可避だ。同様のシステムは医師の臨床研修先の選定で実績がある。それを含め、公立と私立の関係や入試のあり方、日本全体の教育の質を向上させ選択肢を増やすための私立の役割など幅広く議論しなければならない。(赤林英夫・慶応大教授)

・公立は入試以外の改革も必要だ。例えば、学校の質を上げるインセンティブとして、実績のある教員や校長に特定の学校での長期在籍権を付与する、予算上の自己財源を導入するなど、私立に近い仕組みを検討すべきだろう。(赤林英夫・慶応大教授)

・私立に通う子の世帯への支援を増やすのも重要かもしれないが、教育の質を考えれば、公立教員の処遇改善や部活動の外部委託はもちろん、学校現場での教員の負担軽減のための施策に十分な予算を充てることこそが急務なのではないかと思う。(山田博章・前全国高校PTA連合会会長)

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3)総論

・本来は無償化と同時にそうした(上記のような)議論をすべきだが、今までは当たり前を実現するための視点が抜け落ちてきた。単純に「財源確保しました」「私立含めて所得制限撤廃です」ではなく、今後は何をしていくべきかという課題の整理までが自民・公明・維新の責任だ。(末冨芳・日本大教授)

・高校無償化政策が社会にとって有意義な成果を生むためには、お金以外の制度設計が必要だ。それが整わなければ全面的無償化には賛成できない。(赤林英夫・慶応大教授)

・高校無償化は、日本維新の会が熱心に進め、「大阪府では成功した」とアピールしている。しかし、府内の公立は約半数が定員割れしている。私立を含む無償化は、公立を減らすための施策ではないかと勘ぐってしまう。授業料支援の財源がどこかで尽きて「私立はやっぱり有償に」となった場合、受け皿となる学校がなくなっているという事態も懸念される。(山田博章・前全国高校PTA連合会会長)

・社会保険料は多くの国民が負担しているし、地方では車社会なので特にガソリン代の負担も大きい。社会保険料負担の軽減やガソリン代の値下げに財源を回してほしいという要望は周囲でも根強い。(山田博章・前全国高校PTA連合会会長)
 
・高校無償化を巡る自民、公明、日本維新の会の3党による議論は、国会運営を見据えた党利党略で決まったように感じる。限られた財源をどのように使うべきか、国民を向いた議論はなされていないように思う。(山田博章・前全国高校PTA連合会会長)

以上

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毎日新聞
高校授業料の無償化

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(アーカイブ:2025.03.21)